水戸の美龍堂 からだ研究所の巴です。

 

正月にお稲荷様参拝に行かれた方も多いでしょう。

そこで初午の大祭という言葉を見かけませんでしたか?

2月に初午があるから〜、というのは昔から続く行事なのでそれほど疑問に思わないかも知れません。

平安時代の清少納言がこの初午祭に行ったという話も残っているので、古くから根付いている祭の一つです。

初午の大祭とは

そもそも初午(はつうま)の大祭とはどんな祭なのでしょうか?

2月11日は「初午いなりの日」です。一般社団法人全日本いなり寿司協会が、初午となる日に近い「建国記念の日」と同じ2月11日に定めました。
初午とは2月最初の午(うま)の日のことで、稲荷神社では五穀豊穣を願う祭りが行われます。初午は運気が高まる日とされ、稲荷神社のお使いであるキツネの好物の油揚げを使った「いなり寿司」を食べると福を招くと言われています。

引用元:なるほど統計学園

ここでいう午の日というのは、陰陽五行で表す暦の干支を見ます。

2月の初めの午がつく日、それが初午の大祭の開催日となります。

十二支と方位

前に上げたように、古くから二本では己巳、庚午のように十干と十二支をあわせたものを暦に使っていました。

>>十干と十二支で性格まで分かる不思議

 

この暦で、2月に入ってから最初の「午」がつく日がいなりの日。

節分が過ぎると初午、ということが多く、大体2月9日頃にあたります。

初午の起源は

元は、和銅4年2月の初午の日に秦氏が日本に鎮座し、それ以来毎年その大陸系の農耕技術にあやかろうと多くの人がお参りにやってきたことが信仰の始まりとされています。

この神社は田や山と結びつきが強く、2月の午の日は立春近くになることから節目であり、新年の神様を迎えて祀る農耕儀式から始まったとも。

お稲荷さんは豊作の神様の代表ともいわれるくらいなので、もともと稲作が主だった日本であっという間に広まっていきました。

 

もう一つ、これも面白い話しなのですが稲荷神が馬に乗ってやってくる様から午が当てられたというものです。

いずれにしても、2月の一の午の日は伏見稲荷大社を始め、全国の神社は行列ができるほどたくさんの参拝客で賑わいます。

大きなお祭りですね。

 

この初午の大祭について、陰陽五行で少し読み解いていきましょう。

陰陽五行でみる午

午というのは火の陰です。

三合火局の壮で、最も火の勢いが盛んな時。

三合火局についてはこちらでも少し紹介しているので、よかったら見てみて下さい。

>>端午の節句と鯉のぼり     

午にまつわる五行の話

この関係で水は火に生ずるので、昔から馬の雨乞いという祈祷も行われてきました。

降雨を祈願するときには「黒馬」で、止雨を祈願するときには「白馬」が使われます。

雨乞いの馬

笠間にある稲荷神社に行ってみると分かるのですが、やはり門の守り神として二体の馬が祀らえています。

>>茨城を守る四匹の狐の兄弟

 

稲荷神社といえば赤い旗が思い浮かぶ方も多いかも知れません。

この赤、朱色にもやはり意味があり、朱色はお稲荷さんの豊穣の力を表します。

このこともあり、午の火でさらにその力を強めていこうという願いもあるのでしょう。

稲荷神社

稲荷の起源は

また、ホツマツタエという本に狐が眷属となった由来についてこう書かれています。

カダマロは戦陣を一人そっと抜け出し天(アメ)にこの戦況を申し上げると、君はしばし考えてから詔のりされました。
 「これは人を化かすキクに違いない。キツネ(狐)と何故言うかは、木(キ・東)は根(ネ・北)から成り立つ様に、暦(こよみ・六十進法、ホツマ歴)の上でも、東(キ・木)は北(ネ・根)から始まり、西(ツ)そして南(サ)を経て又北(ネ・根)に戻るのでキツネと言う。同じ様に、根(ネ)に来て住むネスミ(根住・鼠)を油に揚げてご馳走してやるが良い。又、ク(ツネ・貉・むじな)はキツネとちょっと違い、クツネは狐火(きつねび)の尾の陰火(ホ)を大嫌いの様だ。さあ行ってこの恥頭(ハジカミ)共の、生姜(オガ・しょうが)と茗荷(メガ・みょうが)と熏(フスベ・蕗・ふき)の三兄弟を打ち取るべし」

最初諸神はカダの同情的な申し入れを納得しませんでしたが、七度にも及ぶ誓いの様子はもう祝詞(ノリ)心地でその神妙な面持ちが理解されてやっと許しが出ました。
 詔のり。
 「三つ彦(三狐)の子孫及び諸狐は今後ウケノミタマ(宇迦御魂)を守護せよ。もしも怠けて裏切るなら速やかに魂断ち(死刑)せよ。この条件で汝カダマロに末永く従者として付け与えよう」
 カダの神はアマテル神の詔のりの趣旨を三兄弟に告げて後、三狐の配置を伝えました。
 「先ず兄彦はここ伊勢の花山に留まれ。中彦は山代(ヤマシロ)の花山野に出向け。弟彦(おとひこ)は東国の飛鳥野に行け」
 この様に狐も三方面に分けて配置し各々田畑の鳥や鼠を追う役割を与えました。この様な理由からウケノミタマ(宇迦御魂)とウケモチ(保食神)とカダ(荷田神)の三神を一社に合祀するようになりました。

出典元:式会社 日本翻訳センター

これによると、ハタレという人でも神でもない魔族の3兄弟を捕らえた所キツネであることがわかり、魂断ちのところをカダマロが命乞いを7回申し入れ、それが許されたときに誓いとして「ウケノミタマを守護せよ」と申し付けられた。とあります。

三代目トヨクンヌの弟、ウケモチノカミはカダマロの祖父。

ウケモチノカミが稲荷神社の御祭神に多いのは、狐が眷属として付いたこの話によるものだと推測されます。

話ではカダマロの従者のような位置づけですが、現代の神話にはカダマロはあまり出てきていません。

初午の大祭はなにをする祭りなのか

稲荷神社の大元、伏見稲荷では、商売繁盛・家内安全のご利益があるとされる縁起物である「しるしの杉」が授与されます。

これを自宅に持ち帰り、根が付けば吉・根が付かなければ凶と言われています。

 

他の稲荷神社では福もちまきで紅白の餅や団子がまかれたり、参拝客に甘酒を振る舞ったりと、大変盛り上がる祭です。

小さな稲荷神社などでは、いなり寿司やいなり揚げをお供えするところもありますね。

お狐さまの祠がある家で行われる集りの場合は、近所の方々が食べ物ではなく酒肴料として金一封かお酒をお供えするのがマナーとされています。

 

また、北関東地方の一部地域(茨城から栃木県にかけて)では、初午の日に食べるとされる伝統色「しもつかれ」という郷土料理を家族でいただくといった風習もあります。

鮭の頭・大豆・大根・人参などをすりおろしたり細かく刻み、酒粕と共に煮込んだ料理です。。

しもつかれ

これに使われる大豆は節分の豆まきの残りであったり、野菜も切れ端を入れたりといわゆる雑多煮で調味料も使わないこともあり、江戸時代ではこのしもつかれは飢饉の時に飢えを凌ぐための救荒食だったという話しが残っています。

 

いまでもこのしもつかれを食べる風習が根強く残っているところから、やはり食に対する人々の思いは今も昔も変わらないのでしょう。

ありがとうと手を合わせていただく食事があることに感謝するのが初午の大祭、いなりの日なのかもしれません。